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スペシャリスト・インタビュー 第2回
株式会社スペース・キー・プラン
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薬園台駅周辺の歴史を訪ねて
D51型蒸気機関車   二宮神社   薬円台公園
D51型蒸気機関車
(船橋市郷土資料館)
二宮神社 薬円台公園
丹羽正伯に寄せる薬園台の人々の思いを感じる
まだ新しさの残る薬園台駅のビルに組み込まれたシックなステンドグラス。そこには薬草がモチーフとして描かれています。ここ薬園台は江戸時代、ある医者によって小石川養生所の薬草園がこの地に作られたことに由来しています。
街を貫くにぎやかな成田街道から細い路地を入った昔ながらの住宅地。この一角に静かにたたずむ供養碑の主が、幕府御医師並(おいしなみ)であった丹羽正伯です。丹羽正伯は伊勢国松坂に生まれた医者でしたが、薬草種芸に詳しく、享保7(1722)年に8代将軍徳川吉宗の命を受け、滝台野と呼ばれていたこの地30万坪を、和薬を作るための薬草園地として、日本橋の薬種商・桐山太右衛門とともに15万坪ずつ分け与えられ、薬草園の経営を任されました。正伯は江戸から滝台野に通っては薬草開発と薬草栽培の指導にあたったといいます。薬草園は正伯の没後、廃止され畑作の新田村となり、薬園台新田といわれるようになりましたが、地元では正伯にちなみ正伯新田とも呼んでいました。近くには正伯の名を冠した「正伯公園」という小さな記念公園もあります。
この供養碑も正伯の没後105年目の万延元(1860)年、彼の功績をたたえるため薬園台の人々によって建てられたもの。明治以降定着していた薬園台という地名は、昭和48年の新住居表示でそのほとんどが「薬円台」と簡易化され、今では薬園台駅や高校の名称などに名残を残すのみですが、刻まれた文字も読めないほどに風化してしまったこの碑に、正伯に寄せる薬園台の人々の思いを感じることができます。
■丹羽正伯供養碑:千葉県船橋市薬円台1-4-6 高幢庵
小さいながらも存在感のある「倶梨伽羅不動尊」
倶梨伽羅不動尊
倶梨伽羅不動尊
次は薬園台駅を越えて滝台町へ。すっきりと整備された駅前を通り、暮らしに密着した商店の続くゆるやかな坂を上れば、小さいながらも豊かな緑に包まれた倶梨迦羅不動尊が左手に見えてきます。これは倶梨迦羅竜王と不動尊をひとつにしたもの。入り口にある、寛文9(1669)年に建立された石像には、不動明王が火炎の中に突き出した宝剣を倶梨迦羅不動の黒龍が飲み込もうとする様子が描かれています。境内は自然の造形を生かした起伏に富んだ地形となっていて、中央の池には清水が湧き出ているそう。船橋名木10選に指定されているエノキをはじめ、シイなどの巨木が心地よい木陰をつくり、季節がめぐるごとに桜や紫陽花、藤の花などが彩りを添え、訪れる人の目を愉しませてくれます。
■倶梨迦羅不動尊:千葉県船橋市飯山満町3丁目1524番1
再び成田街道に戻り、習志野方面へ。個人商店からレストラン、リカーショップ、家電販売店までずらりと並び、車の往来のとどまることのないこの国道296号線は、まさにこの地の大動脈。すでに江戸時代から、成田山新勝寺に詣でる人々でにぎわっていたそうです。その道しるべとして沿道にはさまざまな意匠の凝らされた石造りの道標が立てられました。今でも、像の掘り込まれた立派なものから、家並みと同化した小さなものまで、街道のあちこちにその姿を見ることができ、当時の成田山詣でのにぎわいが伝わってきます。
神聖な空気が漂う格式ある神社、二宮神社
二宮神社
二宮神社
途中足を延ばしたのは二宮神社。平安初期の古代法典「延喜式」に見られる「下総国寒川神社」が起源といわれる格式ある神社です。鳥居をくぐり、参道の階段をいったん下ると、そこは木漏れ日の差し込む緑の杜。清流が流れる窪地が広がり、神聖な空気が漂っています。参道を進み階段を上がると、左手には立派なイチョウの大木、そして目の前には権現造の拝殿が。その堂々とした姿に圧倒されます。この静かな境内も、千葉・習志野・八千代・船橋の4市9社により室町時代以来行われている「三山の七年祭り」という大祭の際には、華やかな神輿が繰り出され何万もの見物客が押し寄せるハレの空間へと変わるのです。
■二宮神社:千葉県船橋市三山町2 TEL.0474-72-1213
船橋市で最初の博物館は、薬園台の名所のひとつ
明治天皇駐蹕之処の碑
明治天皇駐蹕之処の碑
気分も清々しく、また成田街道へ。しばらく進むと船橋市郷土資料館が見えてきます。ここは船橋市内の考古・民俗・歴史に関する資料が展示されている、市で最初の博物館。敷地内には国鉄から譲り受けたD51型蒸気機関車が展示され家族連れで訪れる姿も見受けられる薬園台の名所のひとつ。その奥には山縣有朋の揮毫になる「明治天皇駐蹕之処の碑」があります。これは、もともと明治天皇が明治6(1873)年、習志野原に行幸して薩摩・長州・土佐の3藩で構成した近衛兵の演習を統監した際に幕舎が作られた場所に建立されていたもので、習志野の地名はこの演習の統監のときに命名されたといいます。
船橋市郷土資料館:千葉県船橋市薬円台4-25-19 TEL.047-465-9680
時間/9:00〜17:00(入館は16:30まで)            
休み/毎週月曜日、祝日の翌日(土・日は除く。5月3日〜5日は開館)
年末年始(12月29日〜1月3日)
料金/無料
一年を通して市民の生活に溶け込んだ公園「薬円台公園」
薬円台公園
薬円台公園
郷土資料館の角を曲がると、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。真っ白なユニフォームを身につけ野球グランドで練習するかわいい小学生たちの姿が目に飛び込んできました。ここは薬円台公園。32,000平方メートルもの広さを誇り、運動場・野球グランドや噴水広場、夏には水遊びのできる徒渉池などを備える市内でも比較的大規模な公園です。昭和47年に作られたこの公園、もとをたどると徳川幕府直轄牧場(小金牧)の敷地であったとか。春は満開の桜の下で地元住民が花見、夏休みには子どもたちが緑の木々を巡って昆虫採集、冬には近くにある船橋市立薬円台小学校のマラソン大会が行われ、親や近隣住民など応援に来る人でいっぱいになるという、一年を通して市民の生活に溶け込んだ公園となっているのです。
■薬円台公園:千葉県船橋市薬円台4-25-19 
 TEL.047-436-2548(船橋市みどり管理課)
商店街はじめ活気あふれる街、薬園台。それでいて心癒される自然の緑に包まれ、ゆったりとした時が流れています。その長い歴史の中のページをいくつかめくり、当時の人々の暮らしを垣間見ることで、これまでとは違った表情が見えたような気がしました。
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